場面緘黙の理解と支援を目指して~信州かんもく相談室から~

長野の子ども白書編集委員会

2020年03月14日 21:33

2020長野の子ども白書掲載予定記事紹介⑱

場面緘黙の理解と支援を目指して
~信州かんもく相談室/長野大学高木研究室の取り組み~

(執筆者は長野大学社会福祉学部/信州かんもく相談室 高木潤野さんです)

「場面緘黙」とは
場面緘黙とは、「家では普通に話せるのに、園や学校などに行くと話せなくなる」という状態です。発症は幼児期に多いとされていますが、中学生や高校生になってから話せなくなる人もいます。また適切な支援や治療が受けられないと、大人になっても話せない症状が続いてしまう人もいます。
DSM-5という国際的な精神医学の診断基準では、場面緘黙は「不安症」というグループに分類されています。DSMの古い版では「話すことを拒否する」と説明されていましたが、現在では「話すことができない」とされています。話すことを拒否しているのではなく、強い緊張や不安、恐怖などによって、話せなくなってしまっているのです。
場面緘黙は、発達障害者支援法で定義される「発達障害」にも当てはまっています。自閉スペクトラム症(ASD)とは全く別の障害で、場面緘黙の人は家や安心できる場面では話したりコミュニケーションをとったりすることができます。ただしASDの症状を併せ持つ場面緘黙の人もいます。学校教育の分野では「情緒障害」に分類されており、特別支援学級や通級による指導の対象として特別支援教育の様々な支援や指導を受けることが可能です。
場面緘黙は「選択性緘黙」とも呼ばれます。どちらも“Selective Mutism”の訳語ですが、これまでは選択性緘黙の方が正式な訳語として使われてきました。学校教育では「選択性かん黙」という名称が公的な文書では使われています。しかし「選択性」という呼び方は、「自ら話さないことを選択している」という誤解につながるということが以前から当事者や保護者、支援者などから指摘されていました。このため、ICDという国際的な医学の診断基準が改訂される際に、親の会や支援者団体などが要請を行い、最新版のICD-11からは「場面緘黙(症)」が訳語として採用されることになりました。
最近の日本の研究では、小学校で行われた大規模な調査で有病率が0.21%(500人に1人くらいの割合)であったことが報告されています (梶・藤田, 2019) 。大まかに言って小学校に1人くらいいると考えてよいでしょう。ただし筆者らが長野県内の小学校で行った調査では0.29%で、おおよそ340人に1人くらいの割合でした (高木・臼井・船戸, 2016) 。この差が何から生じてくるのかはまだ分かりませんが、もしかしたら調査を実施した地域や学校の規模などが影響しているのかも知れません。
なぜかというと場面緘黙の症状は、本人の周りの「環境」の影響を強く受けるからです。子どもの抱える様々なできごとを理解する時に、われわれは「発達障害」「知的能力」「○○力」などの子どもの内側の問題に注目してしまいがちです。しかしそのような問題のほとんどは、子どもとそれを取り巻いている「環境」との相互作用の中で生じている、という視点を持つことが重要です。
場面緘黙の子は園や学校では非常に大人しいですが、実は家ではよく話す子が多いです。筆者は場面緘黙の子の家庭でのコミュニケーションの様子について、幼児から中学生の14名の保護者を対象に、同居している家族に対して話す程度を「1 全く話さない」から「5 とてもよく話す」の5件法で尋ねました。その結果、全56回答中「5 とてもよく話す」が46件、「4 ある程度話す」が8件で、残りの2件が「2 ほとんど話さない」でした (高木, 2015) 。園や学校で話せない状態になっている姿からは想像しづらいですが、場面緘黙の子のたちはほとんどが「家ではおしゃべり」「明るく元気」です。家では普通に話すことができているのに、園や学校という環境の中では話せなくなってしまうのが場面緘黙なのです。
また、「話せない」という部分に注目されがちな場面緘黙ですが、話せないだけでなく「学校では字が書けない」「人前で食事ができない」など、行動そのものが抑制されてしまう子も多いです。不登校(園)になってしまう子も少なくありません。
話せなくなってしまうことも、動けなくなってしまうことも、背景には強い不安や緊張が関わっていると考えられています。場面緘黙の子の多くは、環境からの刺激に対して人一倍不安を感じやすかったり、緊張しやすかったりします。感覚の敏感さがある子も多く、「ザワザワしたところが苦手」「臭い場所が嫌」「チクチクした服は着られない」などの訴えもよく聞きます。このため場面緘黙の子の支援にあたっては、「話せないこと」だけに注目せず、その背景に隠れている不安や緊張、感覚の過敏さなどを正しく理解した上で、まずその子が安心して過ごせる環境を整えることが必要です。

場面緘黙を取り巻く現状
最近、「場面緘黙」ということばを目にする機会が少しずつ増加してきました。テレビや新聞などのメディアで紹介されることも増え、徐々に認知度も高まってきました。
場面緘黙が日本で注目されるようになったのは比較的最近のことです。場面緘黙児支援のためのネットワーク団体である「かんもくネット」が2007年に設立され、海外の翻訳書や支援についての情報が様々な形で日本に紹介されるようになりました。また2009年には当事者団体「かんもくの会」が設立され、日本特殊教育学会など専門の学会で研究者に向けた啓発活動も行われるようになりました。これ以前にもインターネット上で海外の文献等の情報が発信されていましたが、2000年代後半になってからより社会に向けて場面緘黙についての情報が発信されるようになってきたと言えます。
その後、2010年代になってからは各地で親の会や、当事者、支援者の団体が発足しています(かんもくグループ北海道、かんもく富山、言の葉の会など)。親の会はまだ全国に十数団体しかありませんが、長野県でも2018年に東信地域の保護者が中心となり、親の会「りんごの会」が立ち上がりました。また2013年には研究者や様々な立場の関係者によって「日本緘黙研究会」(2019年に「日本場面緘黙研究会」に改称)が設立されました。筆者はこの会の事務局長を務めています。
場面緘黙への理解が広まってきたとは言え、まだ学校や医療、福祉などの現場で十分適切な対応が得られるようにはなっていません。周りの無理解や無関心から全く対応がなされなかったり、発話を強要するなど不適切な対応がされてしまうこともあります。また「話せなくても困らないような配慮」はしてもらえても、緘黙症状を改善させるための積極的な支援や治療が受けられる機会は多くありません。「話せなくても困らない」環境に置かれることによって、かえって緘黙症状が長期化してしまっている子もいます。安心して過ごせる環境を整えることは重要ですが、早期からの積極的な対応によって症状を軽減させていくという視点が大切です。

高木研究室の取り組み
最後に長野大学高木研究室の今後の取り組みについてご紹介します。
高木研究室では2019年度より科学研究費補助金(科研費)の助成を受け、日本で初めての大規模な場面緘黙の実態調査を開始しました。小児科医や臨床心理士・公認心理師などの専門職と研究チームを作り、親の会などの協力を得て調査を進めています。
また場面緘黙専門の相談機関「信州かんもく相談室」を開設し、相談やカウンセリングを無償で実施しています。この相談室では、上記の科研費によって上田駅の近くに部屋を借り、1名の公認心理師と共に、筆者の大学での授業等のない時間を使って相談を受けています。相談件数は年間300件程度ありますが、その半数は長野県外からの相談です。場面緘黙専門の相談機関は国内では他にないため、北海道や沖縄からも相談に訪れる人がいます。保護者や地域の園・学校からの依頼を受けて、学校等に出向いて助言や研修などを行うこともあります。ただし近年は相談件数の増加によって、すべての相談ニーズに応えられない状況になってしまっています。このため、場面緘黙に詳しい専門家を養成することが急務となっています。

梶正義・藤田継道 (2019) 「場面緘黙の出現率に関する基本調査(4)」日本特殊教育学会第57回大会ポスター発表
高木潤野 (2015) 「家庭における場面緘黙児のコミュニケーションの特徴」長野大学紀要. 36(3), 13-22.
高木潤野・臼井なずな・船戸映見 (2016) 「長野県内の小学校における場面緘黙の出現率-神戸市における悉皆調査との比較-」日本特殊教育学会第54回大会ポスター発表