反貧困ネット長野「子どもの貧困」学習講演会に参加

反貧困ネット長野「子どもの貧困」学習講演会に参加

二つの講演は、いずれも切実な「子どもの声」が聴こえ、胸を打たれました。

講演①
元伊那北小学校教諭・小山治男さんの講演。
2008年。リーマンショック後の不況で、小学校の保護者が大量に失業し困窮に陥る現場。小山先生は保護者のサインを受け止め、校長先生や同僚とと力をあわせて子どもたちの救済に立ち上がります。・・・・大きな震災の経験ががのちの防災の貴重な教訓となるように、この伊那北小学校の経験は、今日広がる「子どもの貧困」への対応にとって、とても重要なものになっています。「あきらめない子どもを育てよう」と、取り組まれた教育実践は、子どもの学ぶ権利を保障するたたかいでもあると思いました。この伊那北小学校の実践の中で、校長先生が果たした役割は感動的です。長野の子ども白書にも紹介しましたが、その「学校だより」の格調の高さは驚くばかりです。(小山さんと言う部下がいてこその実践ではありますが)

講演②
長野大学准教授・鈴木忠義さんの講演
H27長野県ひとり親家庭実態調査の「子どもの声アンケート」から聴こえる子どもの声を紹介し、参加者の「応え」を求めました。ここにあるのは、すでに「あきらめること」で選択肢を自ら限定する、あまりに健気な、家族思いの子どもたちの声です。学力の不足やがんばれない自分に自己肯定感を失いながら、学校での疎外感や居場所の無さをうかがわせる内容も多いのです。不登校・中退・・・これまでの定義とは異なる、ドロップアウト型の途中下車が告白されています。

二つの講演で、また思うことは、こういう子どもの声に、どうして行政は応えないのか。教育委員会は自らの課題にしないのか、ということです。毎日学校に通う子どもの背景にあるものが、確かに数値化され存在していることにどうして向き合おうとしないのか。「点数の学力向上」ばかりが目標に掲げられ「学力保障」はなぜ塾や家庭学習にお任せになるのか。自己肯定感の低い子どもたちに「口だけの賞賛のシャワー」ではなく「安心の居場所」をなぜ保障できないのか。
でも私は現場で奮闘する心ある教職員がたくさんいることを知っています。個人の力で一人でも多くの子どもの困難に手を差し伸べようとしている教職員はたくさんいます。
でも「それは学校の職員の仕事ではない」「子どもの家庭のプライバシーを侵害してはいけない」と、足止め・口止めする管理職もたくさん知っています。教育と社会福祉の職域には大きな壁があります。そこをつなぐ専門職(SSWr)もいます。
でも、でも、求められているのは、困難に気づいて共感し「がんばっているんだね」と声掛けし「困ったら先生に言っていいんだよ」と言える教師の資質かもしれません。

教職員に聴いてほしい話でしたが、つらすぎて「聞かせられない」話でもありました。


Posted by 長野の子ども白書編集委員会. at 2017年03月04日22:19

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