「保育士不足」問題は 専門職員としての 処遇改善を最優先に

2017長野の子ども白書を読む

保育士養成校からみた 保育士採用の現実と課題
(ここでは図表は省略します)
執筆者は元信州豊南短期大学 教授 豊永 誠氏

1. はじめに
 2016年2月の「保育園落ちた、日本死ね!」のブロ グの書き込みは深刻な待機児童問題への怒りと現状への告発でした。「保育士が確保できない」という保育士不足問題は単なる人員確保の問題ではありません。 子どもの生命を守り育て保護者の働く権利を保障し生活を支える専門職員としての処遇問題が解決すべき中心的な課題であると思います。 子どもの笑顔に励まされ、子どもと共に成長できる 保育士になりたいという夢を持って入学してくる多く の学生たちがいます。保育士養成校である本学(短期 大学)の就職支援の取り組みを通して見えてきた保育士採用の現実と課題について報告します。

2. あこがれの職種保育士をめざして
子どもたちにとって「保育士・幼稚園の先生」の職 業はあこがれの職業です。女子にとって小中学生では 第1位、高校生では第2位の人気のある職業となっています。保育士は2003年度国家資格としての保育士 が誕生し、より一層の専門性が重視されることになり ました。保育士養成校でも2010年7月「指定保育士養成施設の修業教科目及び単位数並びに履修方法」の 一部改正が実施され、「現場の実践や保育士の専門性を充分に踏まえた内容とする」など資格の付与について国から厳しく指導がされています。

3. 保育士養成校の教育目標と養成の悩み
本学では五つの教育目標を掲げていますが主な三つ の目標を紹介します。 (1)保育者としての使命感と倫理観、共感的態度を持 ち合わせ、子どもの最善の利益のために主体的に 学び続けられる意欲を持った保育士の養成。 (2)子どもの発達の過程を見通した保育の技能を身につけ、高い専門性と豊かな教養を持って子どもの 心身の健やかな成長に寄与できる保育者の養成。 (3)子ども及び支援を必要とする人々の権利の守り手 として、社会の発展に積極的にかかわることので きる保育者の養成。 本学の保育士養成上の悩みや課題として(1)基礎 学力不足の学生への支援(2)対人関係が苦手な学生への支援の在り方(3)あいさつなど社会人基礎力を どう高めるか(4)現場で実践できる保育技能を同高め るか(5)生活体験が乏しい学生により現場体験をさ せる工夫や配慮など課題は山積みしています。先生方 は時間をかけて学生を励ましながら指導をしています。 保育士養成の過程は2年制が基本とされています。保 育士資格と幼稚園教諭の免許の二つの資格を卒業時に取得するには91単位の修得が必要なため必修科目を中 心に毎日夕方まで授業に追われる厳しい現実があります。 長期の休みにも11日間の実習が実施されています。 経済的困難を抱える学生も多くなり、授業、アルバ イト、部活動にと忙しい生活実態も現実です。この2 年間の養成過程で短期間に多くの必修科目を修得さ せるため詰め込み授業となり、保育士にふさわしい人間性を豊かにする課題や子どもたちとのふれあいなど貴重な現場体験の時間をより多く確保するゆと りもない厳しい現実でもあります。今後保育士養成 の修業年限の在り方についても十分な検討が必要で あると考えます。

4. 学生はあこがれの職業につけているのか
入学してくる学生のほとんどが「保育園や幼稚園の 先生になりたい」という希望を持って入学してきます。 一方、保育士の職業は子どもの生命と成長を守り育て、保護者への援助のできる専門家として社会的に責任の重い仕事でもあります。2年間という限られた期 間のなかで学生をどう育てるのかが養成校の課題であり、責任でもあります。学生たちの学びも授業に追われる日々となります。 授業を欠席してしまう、学期末試験で合格できない、 経済的事情などで途中で退学となる学生も一部ですが 存在しているのも現実なのです。 学生たちは最も重要で厳しい実習(保育実習3 回・ 教育実習2 回)の体験を通して保育士としての適性 や能力、技術、人間性が試され評価を受けます。学生自身が体験して本当に保育士になれるのか、仕事の内 容、求められる専門性や人間性について自分を見つめ 直し本当にやりたい仕事を考えて就職試験に臨みます。 2年間の学びは短いですが保育士めざして意欲的に学ぶ学生たちは確実に成長し、自信を広げて夢の実現に向けて挑戦していきます。本学の就職状況は表1の とおりです。 特徴の第1は就職率はこの3年間の実績でほぼ100% 近くであることです。保育士、幼稚園教諭をめざす学 生の就職実績は「確実に就職できている」といえます。 第2は分野別の就職をみると概ね保育所の保育士が 40%から60%、幼稚園教諭7%から13%、児童福祉施設、障がい児・者施設、高齢者施設職員が約30%と なっています。本学の特徴として福祉施設への就職希望者が多いという傾向がみられます。 第3は保育所の保育士採用が概ね正規職員51%臨 時任用職員49%となっていることです。 私立保育所はほとんどが正規採用です。学生の希望 のする市町村立の保育所では正規職員の募集が少人数 であるために、公務員試験に合格して正規職員に採用 される学生はごく一部です。 多くの学生は臨時任用(嘱託)の保育士として採用 されている厳しい現実があります。学生にとって憧れ の保育士にはなれたが毎年契約の更新があり、賃金の低い不安定な臨時職員の仕事につかざるを得ない現実となっています。

5. 保育士採用の現実から考える
長野県の保育所の特徴は市町村立が圧倒的であるこ とです。都市化による人口一極集中の首都圏での深刻 な待機児童問題が社会問題となっています。一方、人 口減少の著しい地方自治体では少子化による保育所の統廃合、保育士採用の募集停止、保育士の本庁への異動の現実もみられています。県内では待機児童問題は ないとされていますが、多くの市町村は「保育士不足 Jが深刻です。「保育士の求人に応募が少ないJとして 危機感を募らせて確保のために賃金や待遇の改善への 取り組みが始まっています。 県内の保育士不足の背景は多様な保育サービスへに 対応するための延長保育、休日保育、預かり保育、障害児保育などの事業実施や3歳未満児保育の希望増加 などによって短時間勤務の保育士を中心とした人員確 保が不可避となっているのです。国の「保育所におけ る短時間勤務の保育士の導入についてjの平成10年2 月通知によって臨時任用保育士の採用が拡大されてい るのです。県下の市部における保育士正規、非正規の 職員の割合は表2のとおりです。特徴の第1は13の市において正規職員より非正規 職員の割合が高い現状にあり、高いところでは67%、 68%を占める実態があります。県下(町村も含む) 公立保育所の非正規率は59.8%で約60%を占める状 態であり、確実に保育所職員の非正規化が広がってい ます。 第2は短時間勤務の保育士の非正規採用にとどまら ず、正規職員と同じ仕事内容、労働時間である常勤的 職員の非正規化が広がっていることです。この背景には国による保育制度改革、規制緩和、民 間企業による保育所運営の解禁、多様な保育制度の推 進が図られた結果であるといえます。また、「地方分 権」改革として保育所運営費の一般財源化、地方交付 税の削減は市町村の財政負担を重くし、総人件費の抑 制による公務員定数の削減、正規職員採用の抑制、非 正規職員による補充が当然のごとく実施されている現 状にあります。保育士をめざす学生の立場からすると 「地元で保育士になりたいが正規職員にはなれないJ という厳しい現実となっています。 特徴の第3は保育士の非正規職員化が進められなが ら、「幼い子どもの命を預かる社会的責任の重い専門 職Jとしての保育士の処遇改善が軽視され不十分な状 態に置かれてきたことです。 平成29年度採用保育士(非正規職員)の賃金は表 3のとおりです。本学に関係する求人票から資料作成 しているためごく一部の限定的な資料です。 臨時職員の賃金は時給表示の自治体では950円から 1,100円、日額表示では8,300円から8,540円、月額表示では14万8,800円から17万800円と自治体によっ て相当のバラツキがあります。公立保育園で臨時任用 の保育士でフルタイムの常勤的職員として働いた場合 も年収200万円以下というワーキングプアの状態を生み出す危険性があるのです。仮に16万2,000円の賃金 で他に一時金等の手当がない場合には年収194万4,000 円の水準にとどまっているのです。 こうした低すぎる賃金水準と給与体系、長時開化する保育、多様な保育サービスへの対応など保育士の厳 しい労働条件についての抜本的な改善が求められてい ると考えます。

6. まとめ「保育士不足J問題は専門職員としての 処遇改善を最優先に 保育士養成校としては国家資格化され、高い専門性 と豊かな人間性を持った保育士として育てるために限られた養成期間に真剣に学生と向き合い教育に取り組んでいます。就職支援活動は大学として重要な 課題として全教職員が取り組んでいます。しかし、現 実は多くの学生が正規職員の保育士にはなれず臨時 任用職員として働かざるを得ない厳しい社会と向き合っています。 「地元の生まれ育った街で、子どもの笑顔に励まさ れ共に成長できる保育士になりたい」という学生の思いと高い志を私たちは大切にしたいと思います。その ためには保育士が子どもや保護者の気持ちに寄り添い、 子育ての一番身近な専門家として誇りと生きがいを もって働くことのできる処遇改善への取り組みが最優 先課題として実施されるべきではないでしょうか。そ の改善の方向性は保育士の専門性を軽視する規制緩和 や基準の弾力化ではなく、専門職にふさわしい給与体系、給与水準の確立と休憩時間もとれない、持ち帰り残業も多いという労働条件の改善のために保育所にお ける職員配置基準の抜本的改善の方向性によって解決 されるべきであると考えます。 今後、保育問題についても多くの関係者の皆さんか らの実践報告や問題提起がなされることを期待してい ます。

<参考文献> (1)『全国保育団体連合会・保育研究所編2016保育白書』 ひとなる書房 (2)『最新保育資料集2016』 ミネルヴァ書房



Posted by 長野の子ども白書編集委員会. at 2017年06月06日20:29

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