子ども白書掲載予定記事紹介 ⑥子育てにおける親子の対話と子どもの権利

2024長野の子ども白書掲載予定記事紹介 ⑥子育てにおける親子の対話と子どもの権利~「きく」を哲学する~

子育てにおける親子の対話と子どもの権利~「きく」を哲学する~

大阪公立大学 伊藤嘉余子

1.子どもの声を「きく」ことと、子どもが「言える」環境を整えること
 近年「子どもの声をきくこと」への注目や関心が高まっています。2023年度から新設されたこども家庭庁においても「こどもまんなか社会」を実現するために、こどもの声をきき、それを制度や施策に反映させるための様々な取り組みを始めています。
 こどもの声を社会に反映させるために、こどもの意見をきく機会の設定や仕組みの創設はとても大切な取り組みです。しかし、同時に、子どもが安心して自分の意見や声を発表したり表明したりできるようになるための工夫や取り組みも大切になります。なぜなら、「意見を言ってよかった」「意見をちゃんときいてもらえた」という小さな成功体験を積み重ねてきていない子どもは、急に「あなたの意見をきかせて」と言われても、「叱られたり馬鹿にされたりするのではないか」または「どうせ意見を言っても聞き流されて無駄に終わるのではないか」と思っていることもあるからです。

2.こどもの権利擁護を実現する3つのステップ
 子どもの「意見表明権」の保障を含む、さまざまな権利を擁護していくためには3つのステップが必要です。
 1つめは、日常生活におけるコミュニケーションレベルの意見表明権の保障です。「今日何が食べたい?」「次のお休みにはどこに行きたい?」等、普段から親・おとなと一緒に「おとなにきかれる→おとながこたえる→子どもの声が実現する」というプロセスを大切にした生活をしていると、子どもは「次はこれがしたい」「これはしたくない」等と自分の気持ちや意思をしっかり考え、相手に伝える力を育むことができます。
 2つめは、「いじめにあっているから助けてほしい」「先生にこんなことを言われて傷ついたから慰めて欲しい」等といった、子どもが大切な自分の権利を侵害されたとSOSを出したときに、しっかり受け止め、答えることで、子どもの援助要請力を育むステップです。「困ったことがあったらちゃんと言える子になってほしい」と思っていても、そもそも困る前の日常的なコミュニケーションレベルで「意見や声をきいてもらう機会」を経験していない子どもは、いざというときに、SOSを出せる力を発揮できないのです。
 3つめは「おとなの良かれを聞き入れてもらうことで実現できる子どもの権利擁護」です。例えば、子どもが「母親からご飯を作ってくれなくても、暴力を振るわれる日が多くても、家で母親と一緒に住み続けたい」という意見・意思を表明したときに、おとなとして「ではそうしましょう」と、子どもから表明された意思をそのまま実現することは困難です。こうした場合に、「母親と一緒に暮らしたいというあなたの意思に反する決定をすることで、あなたの大切な権利を守る」というおとなの判断を子どもに受け入れてもらわなくては、子どもの権利を守ることはできません。この3つめのステップの権利擁護を実現するに際しては、「なんでもないときから子どもの声を聴いてもらえた」というステップ1、「困ったりしんどい思いをしたりしていた時に、きちんと対応して助けてもらえた」というステップ2の積み重ねがあるからこそ、「今回は自分の意思とは異なる決定だけど、受け入れよう」と子どもは納得したり妥協したりできるのです。普段から声をきいてもらえていない子どもは、おとなが善意でおこなう助言や支援等をそのまま受け止めることが難しいのです。子どもの権利を守るには、普段から子どもの声をしっかり聴くこと、聴き続けることが大切になります。

3.「きく」の5ステップを考える
 次に、子どもの声を「きく」とは、どういうことなのか?を考えてみましょう。
「きく」という漢字には、何種類あるでしょうか。よく言われることの一つとして「人の話をきくときは、【聞く】のではなく【聴く】ことが大切です」ということがあります。なんとなくぼんやり【聞く】のではなく、しっかりと耳を傾けて【聴く】こと(傾聴すること)が大切、という趣旨です。
 しかし、本当の意味で子どもの声をきくためには「【聞く】から【聴く】へ」だけでは不十分だと考えています。
 立場上、学生や子ども、養育者(施設職員や里親など)を対象に、話の聴き方などコミュニケーションデザインに関する講義や演習を提供する機会が多いです。こうしたレクチャーの時に「【きく】の5段階活用」のお話をしています(表)。(省略)

 多くのおとなは「聞くではなく、聴く」を心掛けていると思います。しかし、そのあと、子どもの声を聴くことよりも「おとなとしてどう説明責任を果たすか」「子どもが納得して従ってくれるような理由を説明して説得しなくては」と、「おとなが話す側」にまわってしまいがちです。それを一歩踏みとどまって「どうしてそう思うの?」「何があったから学校に行きたくないの?」等と子どもに言動の理由やその背景にあるエピソードを聞き出そうとする「Ask(訊く)」の姿勢が、子どもとの対話の中では大切になります。この「Ask」の段階の質問内容は、「大人が聞きたいことをきくための質問」ではなく「子どもが本音を話しやすくなるためのAsk」であることを心掛ける必要があります。子どもが表明した言葉や態度の奥底にある本音や思い、大人がまだ知らない出来事などを丁寧に掘り下げ、聞き出すことによって、子どもの声をおとなが「自分ごと」として受け止めます。そのうえで、子どもとおとなの双方にとって効き目のある着地点を見つけて提示するのが「効く」の段階です。子どもと大人の双方の歩み寄りによって発見できた着地点を確認して、それを実行に移す段階が「利く(work)」という子どもの意思実現の段階です。「利く」は「右利き/左利き」といった使い方をする漢字です。子どもが大人と一緒に見つけた意思実現の形を行動に移していく。これが、大人が心掛けるべき「子どもの意見表明家の保障」を含む「子どもの権利擁護」のかたちではないかと考えています。




Posted by 長野の子ども白書編集委員会. at 2024年04月14日06:51

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