長野の子ども白書掲載予定記事紹介⑨子どもの意見表明権を支え保障する大人

2024長野の子ども白書掲載予定記事紹介 ⑨子どもの意見表明権を支え保障する大人たち
                        

子どもの意見表明権を支え保障する大人たち
           東京都立大学大学院客員教授  宮下与兵衛

はじめに
 今年3月末に『若者とともに 地域をつくる 学校を変える 社会・政治を変える』(かもがわ出版)という本を出版しました。
 この本では次のような日本の若者の実態を書きました。選挙に行く若者は3人に1人、多くの若者は社会や政治に関心がなく、地域活動や社会活動に参加しない。今の高校生・大学生は授業で発言しない・議論ができない、それは中学から始まっている。こうした若者をつくったのは新自由主義によるもので、新自由主義はなぜこうした若者を生んだのか分析しました。しかし欧米の若者は2011年からこうした状況から脱出し、その後は「世界の若者たちが社会変革を担う時代を迎えている」(NHK「2030未来の分岐点」)といわれるような、気候変動防止行動などのさまざまな社会活動に立ち上がっています。なぜ欧米の若者は社会活動に立ち上がることができるのに、日本の若者は立ち上がることができないのか。その違いを生んでいるのは学校教育にあることをこの本で分析しました。欧米では学校に民主主義と自由があり、子どもたちが校則づくりなどの学校運営に参加できる、また民主主義と政治について現実の社会問題を授業で学ぶことができるシティズンシップ(民主主義的な市民を育てる)教育があります。それに対して、日本の学校は規律と管理による教育で自由と民主主義がない。また、子どもの権利条約で保障されている意見を言える権利・意見を聞いてもらえる権利がなく、生徒会で話し合って決めた校則改善の要望は多くの学校で理由説明もなく学校から拒否されて子どもたちは挫折感を持ち、自己肯定感を下げ、「学校も社会も変わらない」という意識を形成してきています。

⒈ 「こども基本法」で学校を変えるには
 こうした学校の在り方、特に「ブラック校則」とまで言われる人権侵害の校則が社会問題になり、子どもの権利条約を政府は批准してから30年たってようやく国内法にせざるを得なくなりました。2023年にスタートした、その国内法「こども基本法」では、子どもの権利条約の「意見表明権」を学校でも社会でも保障することとなり、学校の「生徒指導提要」という生徒指導の基本書も改定されて、校則などを子どもの意見を聞いて改善することとなりました。しかし、その後の学校現場の様子を聞いていくと、子どもたちの声をアンケートなどで表面的に聞くだけで、「子どもの声を聞いている」と教育委員会に報告して済ませている学校が多いようです。さらに、「こども基本法」ができて子どもの声を学校が聞かなくてはならなくなったことをほとんどの子どもも保護者も知りません。学校が「こども基本法」について知らせていないからです。これでは、今まで30年間にわたって「子どもの権利条約を知らない子ども・保護者」だった日本の学校は全く変わりません。
 それでは、こうした状況を変えていくにはどうしたら良いのでしょうか。教職員が「こども基本法」と「子どもの権利条約」の学習や研修をすることから始めなくてはなりません。しかし、多忙化の中で子どもたちと対話する時間もない教職員に、自主的な学習や研修を求めることはなかなか困難です。また文科省や教育委員会がその研修を教職員や保護者・生徒に保障すれば良いのですが、そうした動きは見られません。法律ができても学校や教育行政が動かないなら、子どもの声を大事にしようという意識ある教師や保護者や生徒が立ち上がらなくてはなりません。私たち教育研究者たちと「三者協議会」などの学校運営への生徒参加に取り組んでいる学校の教職員や保護者や生徒でつくっている「開かれた学校づくり全国連絡会では、生徒の声を保障する取り組みを交流しながら全国に広げる活動をしています。ぜひ、みなさんもホームページをご覧いただき会員(会費は無料です)になってください。ホームページは下記です。
https://sites.google.com/view/hgzenkokuren/             
 
⒉ 小中学校でのいじめ・不登校急増の原因
 全国と同じく長野県の小学校でもいじめが急増していて10年連続で過去最多を更新しています。これは、生活スタンダード、学習スタンダードという、みんな一律に同じ生活規律と学習規律を守れということを強いる同調圧力指導の広がりと軌を一にして急増しています。それが子どもたちのストレスとなり、ストレスからいじめが起きるのです。また全国と同じく長野県の小中学校でも不登校が急増していて、長野県は全国でワースト4位です。さらに20歳未満の自殺死亡率は2021年までの5年間で福島県に次いで全国で2番目の高さです。大学の教育学の授業で、中学校で不登校が急増している原因、中学校から授業中に発言しなくなる、話し合いができなくなる原因について議論し、学生たちが言ったのは次のことでした。まず子どもが自由に発言して受けとめてもらえる環境については、校則などの改善は「規則だからダメ」と拒否されて聞いてももらえないと多くが述べていました。中学になると授業で発言しなくなるのはなぜかということについては、まず「正解を言わないといけない」という「正解主義(間違ってはいけないという考え方)」が心を圧迫しているということです。さらに「観点別評価」で「関心・意欲・態度で評価される」と言われているので、「手を挙げて発言すると、成績を上げるためにしていると思われるのがイヤで、答えが分かっていても発言しなかった。発言すると、いじめにつながるかも知れないという不安もあった」という学生が多かったのです。こうしたことから発言も話し合いも自分からはしないということで、これが高校まで続き、「大学に入ってゼミで発言できないと評価されないので困っている」ということでした。つまり、多くの学校では自由に発言して教師に受けとめてもらえることも、安心して積極的に発言できることもないということなのです。そして、「正解主義」も「同調圧力」も学校が子どもたちに強いていることなのです。「観点別評価」は新しい学習指導要領で小学校でも高校でもやらないといけないことになり、現場は混乱しています。私はこれで小学校の時から発言することがなくなるのではないかと心配しています。

⒊ 子ども・若者の意見表明を支える大人たち
学校改善や地域づくりで子どもの意見や要求を保障していくには、教職員の実践と、行政の取り組みと、保護者の学校への要請や子どもへのサポートが必要です。今度の本では、そうした取り組みの欧米の実践例や国内の優れた実践例を紹介しました。学校における校則などへの生徒の意見の尊重、学校運営への生徒参加についてはこの子ども白書でも紹介してきた辰野高校の三者協議会などを紹介しました。地域づくり、行政への生徒の意見表明、要求行動については2018年にこの子ども白書でも紹介された松本工業高校の生徒たちの松本市議会への請願行動を紹介しました。この取り組みは授業で学んだ憲法で子どもにも保障された「請願権」を実行したものです。松本深志高校の生徒たちは、学校の周辺の住民からの部活動による騒音で迷惑しているという苦情に対して、生徒と教職員と地域住民(学校周辺の5つの町内会会長)の三者による話し合いの場である深志高校地域フォーラム「鼎談(ていだん)深志」をつくり、定期的な話し合いを続けて、部活動への理解を深めてもらう取り組みをしています。辰野、松本工業、深志の3校の取り組みは高校の新しい公民科科目「公共」の教科書(東京書籍、教育図書)に掲載されています。このように高校生の学校運営参加と社会参加の取り組みが公民科の教科書に掲載されている他県の実例はなく、長野県の高校生の取り組みが注目されています。私の本では、岡山県の県立高校で毎年生徒たちが市議会に陳情行動をしている取り組み、別の岡山の高校の生徒たちがクラウドファンディングで集めた212万円と署名を添えて生活苦の生徒のために「全県の高校のトイレに生理用品を設置すること」を陳情し、県議会全会一致で採択された取り組みも紹介しました。
 
 ⒋ 自治体の取り組み―子ども議会・若者議会
 自治体が子ども・若者の地域づくりや行政への参加を保障している取り組みとしては子ども議会や若者議会が全国的にあります。全国の中で最も子ども・若者の参加を尊重している自治体は山形県遊佐(ゆざ)町と愛知県新城(しんしろ)市の取り組みで、本で紹介しました。この2自治体は子ども議会、若者議会がまちづくりで政策化したものに予算をつけて実現できるというもので、新城市の場合は人口4万人という小さな市ですが、年予算一千万円までつけています。この取り組みで、遊佐町は若者の選挙の投票率が全国トップレベル、新城市の場合は若者議会経験者が市会議員や市役所職員、まちづくり活動家に次々に育っています。社会への関心が低く、欧米の投票率の半分しか選挙に行かない日本の若者を主権者に育てていくには、子どもの意見表明と参加を保障していく学校や自治体の取り組みが求められています。


Posted by 長野の子ども白書編集委員会. at 2024年04月19日07:49

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